頭がいい人の能力は、使い方次第で叡智の泉になる。

こんにちは!大嶋信頼先生開発「心に聞く」&「FAP療法トラウマ治療」専門のカウンセリングオフィス『リベレスタ』代表・原口実紅です。

 

みんな叡智の泉を持っている

悩む人って考える力のある人。

そして、「考える力」のある人ってすごく発達した脳を持っています。

でも、悩む(=考えすぎて辛い)のは、発達した脳に罪があるわけでもなく、考えるという行為に罪があるわけでもないんです。

なぜなら「脳」って道具だから。

道具は使いよう。包丁だって、使う目的によって、全然違う結果になりますよね。

脳の機能を、自分を傷つけたり他人を傷つけることに使えばダメージになるけれど、他人や自分の「喜びや豊かさ」のために使うときは、眩しいくらいのアウトカムを用意してくれたりするんです。

脳を「無意識的な目的」で使った時、そこに想像を超えた喜びと豊かさが訪れます。

それこそが人間の「考えることができる能力」の真価が発揮される時。

心の奥にある、凍りついていた泉が溶けて、叡智が豊かに溢れ出している状態です。

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人間は智慧を発現させる器

仏教では「慈悲によって脳を使った時に、脳が最大に開発され智慧があわられる」というようなことが言われています。

この慈悲ってやつは、単なる優しさとか思いやりではなくて、無意識的な目的意識のことではないのかと思うんですよね。

そして仏教で言われる「エゴ(自我)」って、意識的な目的意識ってこと。

大脳の使い方が意識的だと、酔いと苦しみ(+と)を生みます。

無意識的目的で使えば心は平安(0)で、凪の状態が続いているだけ。

「苦しみを生むから」といって考えること(大脳を使うこと)を放棄してしまったら動物になってしまう。それを仏教では推奨していないのです。

けれど、ただ考えるだけだとエゴにまみれてしまう、だから慈悲の心を育てましょう、という話になる。

 

自分を責めるのが一番のダメージ

考えすぎで悩んでいる人に「考えるのはいけないこと」と教えると、考える力を自分へのダメ出しに使ったりします。「あ、また考えちゃった!」ってな具合で。

どんな特徴を持った脳であっても、自分を責めることが、一番のダメージなんです。

でも実は、ダメ出しする必要なんてない。

道具が悪いんじゃなくて、使い方次第ってな訳です。

そして使い方について言えば、仏教では「智慧の開発」をしようと言っていて、なぜならそれが苦しみから解放される使い方だから。

でも「智慧の開発」なんてめちゃめちゃ難しそうだし、厳しそう〜!と挫けちゃいますよね〜!(私は昔、ヴィパッサナ瞑想にチャレンジしたらひどいフラッシュバックになっちゃって挫折した経験があります。トラウマさんには向かないのかも。)

でも、「智慧の開発」をカウンセリング的に言えば、考えることを無意識さん発現の手段にするってこと。方法は一つだけじゃないんです。

自分の脳の状態を最適化して整えていく方法は、1つじゃない。

それが「心に聞く」なんですね。

 

大切なのは表現すること

よく「心に聞いたら、その通りに行動しましょう」と、言います。

心が「あれを食べたい!」と言ったら、それを食べてみましょう!と。

実は、行動しなかったら聞かないのと同じなんです。って、これは別に厳しい言い方をしたいわけじゃなくて、本当に『同じ』なんです。

だって私たちが意識しようがしまいが、心に聞こうが聞かないが、心の働き(無意識さん)って常にそこにあって、ずーっと流れているものだから。

けれど、それを行動に移した時に初めて、意識の世界に無意識が発現することになるんです。

そしてこの「発現させる」という行為は、個人を通してしかできないんですよね。

そして実は、どんな些細なことでも無意識の発現に肉体を使った時、意識的な現実も変わっていき苦しみが消えていくんです。

だから、考えたことも、アウトプットが大事なんですよね。仕事として、外に出るものについて、考えることが大事。趣味でもいいけど。

逆に、アウトプットが必要ないことについては考える必要なし!それは妄想になってしまうから。

(こちらも参考に:考えるのが得意な人ほど要注意!『自分に関すること』を考えていませんか? - ゆるんでいく日々

 

肉体(頭と体)を心に聞いて使い、自分らしく生きることがこんなにも喜びと豊かさをもたらすのは、実はそれこそが生まれてきた目的なのかも。

そう考えてみると面白いです!