自己肯定感をあげよう!〜日本の嫉妬は由々しき問題

こんにちは!大嶋信頼先生開発「心に聞く」&「FAP療法トラウマ治療」専門の心理カウンセラー原口実紅です。

 

今更、自己肯定感!?

自己肯定感が低いとか、自己肯定感をあげるとかいう話は、心理学や自己啓発の分野では言われ尽くしてきた言葉で、今更カウンセリングで「自己肯定感」を重要視しているなんて言ったら一周遅れな感すらあります。

しかしここで重要なのは自己肯定感というのものを切り取って考えても意味がないということ。

これはクライアントさんがおっしゃっていたのだが「みんなの脳がつながりあっている、自分は独立した存在ではなく他者からの影響を受けている、という前提が大切」という観点が、自己肯定感の前にはある。

 

アファメーションが続かないわけ

自己肯定感というのは、「自分を肯定する感覚」のことですが、その「自分」というものは実はセルフイメージと呼ばれるもので、他者から脳のネットワークで影響を受け作り上げられた「自己」のことなんです。

だから「自分へのアファメーションをして自己肯定感をあげましょう」と言ってもなかなか続きません。

アファメーションが有効な場面もありますが、大抵は、自分一人が「私って素晴らしい!」と言ったところでその他大勢から流れ込んでくる「お前ってほんとダメなやつ!」「調子にのるなよ!」という思考に勝てなくて、自分が好きになれっこない。

 

嫉妬は脳内でありふれた現象

他人から「ダメなやつ!」という思考が入ってくるというと、それこそ被害妄想なんじゃないのかと思われそうですが、これって実は言語化できない動物的な反応。

人間は共同体に崩壊をもたらしそうなものに対して動物的な発作を起こして、攻撃を加えてしまうらしい。こんな本も出ているくらいで、

大人の「いじめ」はなくならない――脳科学者・中野信子が解く、本能をコントロールする「いじめ回避術」とは? | ダ・ヴィンチニュース

実際に労力を使って「いじめ」なくたって頭の中で相手を罰しても報酬系に作用する(イメージで手が重いと思うと、実際に手が下がるのと一緒)し頭の中の攻撃はニューロン間の電気信号でちゃんと相手の頭にも作用する、と仮定してみる。

では、共同体に崩壊をもたらしそうな人たちは一体どうすればいいのでしょうか。

例えば、突出した能力を持っている方々。自閉スペクトラム症や、知能指数が高いとか、外見的な魅力がある、などなど、共同体にとって脅威になる要素を持った方々が、往々しにして謎の生きずらさに苦しんでいるわけです。

しかも、このような方々が能力を発揮できないのは、社会的にも利益より損失の方が大きそう。しかしこれは誰が悪いという問題じゃない。嫉妬の発作は個人の責任じゃない、各自ではコントロールできないから。

 

日本の嫉妬は由々しき問題

この現状だと優秀な人材や、才能のある人たちはみんな海外に行ってしまう!なんでかというと、嫉妬の起こる前提条件が共同体によって違うからです。

例えばよく聞く話、アメリカでは人と違うことが良いとされ、なんでも他人に同調している人間は軽蔑されるそうです。それもすごい話ですが。

そこで、実際に海外に行くと生きずらさの悩みが消えてしまう人、というのがいるわけです。海外ってざっくり言いましたけどその人それぞれの個性に合わせて選んだ共同体って感じです。

それ以外にも、体調不良が治った、病気が治った、性格が変わった、などにわかには信じがたいような変化が起きる場合もあります。いかに脳のネットワークからの攻撃が人を病気にできるのか?と感じます。

 

なんでここで自己肯定感が出てくるのか

まあ全員海外に逃げるっていうのは全く現実的な解決策じゃないですから、そこで嫉妬を受ける側が何を工夫したら良いのかという話になるのです。

何が相手に発作を誘発させるのだろうか?

前提に、いじめられる条件として個人の先天的資質があります。共同体にとって脅威になる才能や特質などです。前述の通りで、ここは変えられませんし、変える必要もないはずです。

そして少ないながらもその特質を持っている人でも、タレンティブな活動をしている方など、スイスイと能力を発揮できている方たちもいるように思います。

もちろん表には見せない苦労もあるでしょうが、それでも少なくとも、這いずり回ってうつ状態になって動けないでいる感じはしません。

他人から「ずるい!」と呪詛を受けながらも、それで動けなくなる人と、それでも動ける人、何が違うのか?というところでようやく「自己肯定感」の話が出てきます。

 

(明日へ続く!)