ゆるんでいく日々

心理カウンセラー原口実紅のブログ

身体症状と心理療法(5)検証で感じたこと〜無意識を使う

神奈川・湘南の心理カウンセリング、心理療法FAPでのトラウマ治療

こんにちは!大嶋信頼先生開発「心に聞く」&「FAP療法トラウマ治療」専門の心理カウンセラー原口実紅です。

 前回の記事の続きです。

検証で感じたこと~無意識を使う

FAPの手法(心に聞く)を用いたのは、完全に独断によるアレンジだが、現代催眠的「無意識」やFAPの理論を使うことで、サーノ教授の理論を生かしつつ心理的負担も少なく行えると私は考えている。(インサイトカウンセリングには報告済)

心的外傷がなかったとしても、たいていの人は「心の中の抑圧した感情と向き合う」などということは気が重いのではないか。しかし、そのためにカウンセラーの助けを借りることは、一般的にはまだまだ選択肢に入ってこないだろう。

ここで抑圧した感情に対する、大嶋氏の先進的な解釈が一役買う。
そのひとつが「ネガティブな感情は自分のものではない」という考え方で、これは防衛機制の役割(ネガティブな感情に向き合うのが怖い)を、さらに無用にすることができると考えるのである。自分のものだと思うと「自分が怖くなる」だろうことから防衛機制がなかなか手放せない。

また、抑圧した感情が表現されたときの戸惑いや不快感への対処法にも「心(無意識)に聞く」の手法を使うことで、より安全に運用ができるとも考える。

抑圧された感情は、本来の自分であり受け入れるに苦労しないもの(攻撃されたことに対して『嫌だ!』と思うことなど)の場合と、本来の自分でないもの(他人に対する攻撃性や、幼児性、万能感など)の場合がある。無意識に直接アクセスできるなら、抑圧され感情が浮かび上がってきたときに、本当に自分のものか査定できる。
今回の検証の中でクライアントから出た「抑圧した感情が浮かび上がっている中で『心に聞く』を使い始めると、安心感があった」というフィードバックも、大いに参考にしたい。

サーノ氏の本では、無意識は痛みの犯人であり、意識で症状を改善させ、意識の主権を復活させようとしているが、そうは言わず無意識の力を借りてみるのはどうだろう。
無意識と意識を敵対させず、むしろ統合していく考え方だ。このことは、さらに治癒を早期化できるのでは、と仮説を持っている。

 

心理療法

本によると防衛機制を外すことに恐怖心など抵抗が生じる患者は、幼少期に心的外傷などを負っているケースが多く心理療法を並行して受けることが必要だということで、患者全体の5%程度に起こるケースだと記述がある。(続編では10〜15%に増加)
私個人は、トラウマ治療を経ていたおかげで防衛機制を外すことへの抵抗が全くなかったのだ。すぐ効果が出たのはFAP療法の治療を受けたことが大きい、と言う記述はここに由来する。

カウンセリングオフィスではその5%を内包しているわけだが、だったらなおさらこの概念を効果的に用いることができるのではないか?トラウマ治療と並行して、脳に対しては過剰な防衛機制のクセをやめさせていくことで、身体症状への即効性あるアプローチが可能なのではないか。

これが即効性があるのはクライアントは例外なく何かしらの心理的な問題を自覚しており「心に目を向ける」ことに準備が整っている。また、多かれ少なかれ自分の感情を抑圧していることを自覚しているため、この理論が受け入れやすい。
仮に、何も知らない腰痛で悩んでいる人にいきなり「感情の抑圧」や「心から注意をそらす」といった話をしたら、なかなか受け入れられないはずである。

 

心身二元論から心身一元論へ?

さらに理想を言えば、クライアントは臨床医と心理臨床家の治療を合わせて受けられたら、文句はない。

しかし現状、そのような治療を受けられる医療機関は多くはない。なぜなら、医師は身体についての訓練しか受けず、心理士は心理や精神分析についての訓練しか受けていないからだ。心身相互関係を考えると、この完全分業制は賢明とは言い難い状態ではないかと思う。

現に、腰痛が感情からくる症状なことはセラピストの間では、何十年も前から常識だったが、それが医学界の常識になったのは本当に数年で、日本ではまだまだと言われる。医学と心理とは、それぞれの経験を通して得られている治癒に関する情報が、断絶している。

このことは患者の利益を考えると、好ましいものではない。医療と心理の間に落ちた患者たちは、代替療法などに助けを求めるしかなくなるからだ。

 

誰が今後の研究を担えるのか

医師も心理士も含めた形で研究チームを結成し「心身相互関係」や「根本治癒」の解明に情熱を傾けられたら、どれだけ人類のQOL向上に貢献するだろう。

確かに疾患の特効薬を見つけたりゲノムを解明するのも大事だが、疾患の根本原因の可能性がある「心身相互関係」の解明にも同じだけの熱量を費やす価値があるのではないのだろうか。それは予防医学にも繋がるだろうし、その価値を、研究・試算・検証する必要がある。(誰かやっているのか?ご存知だったら教えて欲しい)

医師と心理士が垣根を超えて協力し研究・調査することで、その結果いかんにおいては「疾患」というものの概念が変わる可能性を秘めていると感じる。

また、これは完全に拡大解釈で根拠のない私見に過ぎないが「身体という存在自体が、心から注意をそらすために存在しているのではないか?」という仮説を持ちたくなる。「だとすれば、身体が存在を主張する必要をなくせば、疾患の多くがこの世から消えてしまうのではないか?」これは、私が生きている間に実現は難しそうだが。
臨床心理に携わるものとしては、身体のことに邪魔されることなく心の豊かさを向上させることにのみ集中できたら、どれだけ有意義な心理臨床になるだろう、とも思う。
また、痛みや心身症と思われる疾患に苦しむ人が著しく減少するとすれば、その結果の社会的インパクトや経済的変化は相当なものである。ある意味これは、社会起業のジャンルにもなりうるのではないかと思う。

ぜひこの記事を見て研究や検証に興味を持った治療者、医師、研究職、ソーシャルイノベーションの関係者などは、情報等共有いただければと思う。

ご連絡はこちらまで

 

まとめ〜セラピストとして

癒しが起こるとき、そこには「ストーリーがカチッとはまり、クライアント自体が、クライアントの力で回復する」ということが起こる。

対処療法ではなく、根本治療である。

今回、私はジョン・サーノ博士の本を読んで腰痛が消えたわけだが、それは彼のストーリーがカチッと私に響いて、ハマったからだと思われる。

またセラピストとしては、多様なクライアントに対応するためにも、たくさんの「ストーリー」を料理人の包丁のように、持っておくことが大切だと思われる。
どんな包丁でもいいわけではなくて、自分のお気に入りの、磨き込まれたとっておきの包丁である。
その1本目が私のとってFAPであった。そしてその包丁は、あまりに万能すぎたので、これだけでいいかとも思わせるくらいだったが、それでは怠慢だったかもしれない。2本目の包丁は、1本目の包丁をさらに磨き上げてくれると予感させる。

心理療法が人を癒すのではない。人が人を癒すのだ。これが臨床の根本原理である。

このように私をセラピストとして成長させ、気づかせてくれるのは、いつもクライアントである。多大な感謝を込めて。

 

 

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Yoori Koo

 

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