ゆるんでいく日々

心理カウンセラー原口実紅のブログ

超えていきなさい

神奈川・湘南の心理カウンセリング、心理療法FAPでのトラウマ治療

1週間前から混沌に入っています。

混沌って何?という方用にこちらの記事を貼っときます。

ameblo.jp

 

 

最近、ニューフェイスの存在につながります。

この方も名乗りませんので勝手に「強い光の存在」と呼ぶことにしました。

その存在に切り替わった時に強い光が見えたから「強い光の存在」です。

相変わらずネーミングセンスが直接的すぎ~~~~。笑

 

以下のやりとりは一応書き起したものの、なんの参考になるかはわかりません。

プライベートな話題な上に、長いし、いつも以上に抽象的です。

(「強い光の存在」は地球の細々したことには疎そう。

 世間離れしているというか。(世間もなにもないんだろうけど)

 なのでイベントなどでみなさんとお話しする機会はないかもしれません。)

 

なので、興味のある方だけどうぞ^^

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ネットで、とあるアメリカのスポーツ試合での、国歌斉唱を見ました。

国歌に胸を熱くしてる軍人さんを見て不覚にもかっこいいなーと思っちゃったんです。

頭では、その国家への忠誠が、戦争に繋がるっていうのはわかるんですけどね。

でも、たとえば戦場で国を思いながら玉砕する!みたいなのに、

頭では「こんなの間違ってる!」って思うんですけど、

なんか感動してしまう部分が、自分の中にないといえば嘘になるんです。

国を想う気持ちっていうのは「国」が存在していないと成り立たないですよね。

ピラミッド社会、つまり国家というものが崩れて消えたら

それが、まったくなくなっちゃう、っていうのは寂しいって思っちゃうんです。

 

戦争はない方がいい、って気持ちはもちろん嘘じゃないです。

でもピラミッド社会の苦しみの中でも、輝く人間性みたいなのが、尊いなって。

いろんな苦難?苦境?に立たされて、それでもくじけない人間の強さみたいな

そういうのが全部なくなっちゃって、ゆるく、ふわーっと、ただ幸せ、みたいな状態。

それに、なんか寂しさを感じちゃうんですよね

 

どっちもは無理で、どっちかを選ぶんだということはわかってるんですけど、

ここに来てまさかの「どっちにしようかな?」状態というか

 

作り物のおもちゃが好きですか?

その兵士の誇りとやらは作られたものです。

実際は兵士は駒として使い捨てにさせられていますが、

そこを洗脳して、それが誇りだと、男の勲章だということになっているのです。

作り物、粗雑品であり、本物の誇りではないのですが、

粗雑な作りのおもちゃで、あなたは満足できますか?

 

やー、満足できません。

本物がいいっす。

でも、まあ、そのシステムが粗悪なのはよくわかってるんですけど

その一個人の熱い気持ち?

それ自体は、愛みたいに見えちゃう。

国家愛?あーえっとなんだっけ、自国愛みたいな。愛国心か!

愛国心って愛じゃないんですか?

 

ふるさとへの愛は普遍的なものです。

それは「そのもの(宇宙の存在以前の状態)」に対する愛だから。

「還っていきたい」という気持ちであり、

ふるさとへの思慕の情というのは、すなわち「愛」なのですね。

わかりますか?

 

わかります。

そのもの(宇宙の存在以前の状態)を「愛」と捉え、

「還っていきたい」と思う気持ち。

これが一つの、命の動きのベクトルですもんね。

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そうです。

そして、ふるさとは、あなたに死ぬことを要求しません

ふるさとは、あなたに何も要求しないのです。

だから要求してきたらその時点でふるさとではない。

あなたに死ぬことを要求しているのは、ふるさとの着ぐるみを着た別の存在です。

 

すり替えられているということですね。

よくわかりました。

けれどまだ、この気持ちの説明はつきません、

わたしが感じているのは雑草です!

そう、雑草…。

踏まれても、抜かれても、純粋にただ

生きる、ということをしている。

その純粋さは、踏まれる、抜かれるという状況の中で

際立つのではないかと。

つまり「ドラマ」ですね。

私はまだ、苦しいものだとわかっていながら「ドラマ」を

捨てきれないでいるのですよ。

 

では、そちらを選んだらいかがですか?

 

うーーーーー!

ですよね!ですよね~そうなりますよね~~~はい。

でもその「ドラマ」が人々の苦しみ、つまり究極的には

戦争や地球の破壊、社会問題にまでつながっていると考えると

 

戦争や社会問題があるから、人々の命の輝きが際立つとあなたは思っているのです。

 

うーーーーそうなんです。

正直に申し上げるとそうなんです。

私が好きなのはきっと「命の輝き」なんですね。

「命の輝き」という素敵な宝石を、

どのようなファッションで首にかけたら

その素晴らしさが際立つか、という話なのです。

残酷なようですが

 

いえ残酷ではありません、

それが宇宙の視点なのです。

宇宙は苦しみや恐怖は悪いものだと捉えていません。

貧困も、難病も、残虐な行為も、すべて悪いということではないのですよ。

それは「遊び」なのですから。

 

はい、そうなんです、その視点になったときに

やっぱり私は3次元的な、ピラミッドの中の奪い合いの中に

支配のゲームの中に、

もしかしたら「ふるさと」を感じているのかもしれません。

なぜ涙がでそうになるのでしょう

こんなことではいけないと、

リベレスタの活動はピラミッドを脱出する活動です。

なのにその私が

 

超えていきなさい。

 

はい?

 

リベレスタのことを超えて考えましょう。

あなた個人のアイデンティティ、この地球のあなた(自我)の出来事を

超えたところの話をしているのです。

 

はい。そうなんですね。

 

命の方向性の話です。

自我に縛られたまま到達できないことを話しているのですから

もう今はそれを手放してください、このことを考えている時には。

 

究極のところ、

宇宙を終わらせたいのか?

それとも続けたいのか?

この問いにぶつかることなのです。

 

なるほど。はい。そうですね。

そうだから、揺らいでいるのです。

思えばずっとあったことなのですが、

支配もひっくるめて、すべて宇宙の計らいなのだからという気持ちがあるのです。

ずっと、何も手を加えないのがいいんじゃないかという気持ちがあるんです。

この宇宙を見ていたいそれでいいのだ、というような。

我々が、なぜ支配のゲームを終わらせる必要があるのか?

 

必要はありません。常に、そうしたいかどうかです。

 

そう、だから私は支配のゲームを本当に終わらせたいのか?

ということなんです。

もしかして、自分はある意味で、楽になってしまったのかもしれませんね。

支配から逃れる術もわかり、私を支配から守ってくれる心の存在もわかり、

ある意味、高みの見物をしていられるようになったからかもしれません。

今までは、苦しくて、それどころではなかったのです。

「逃れたい、楽になりたい」というただその一心でした。

 

では、おめでとう。

 

ありがとうございます。笑

だから、ここに来て感謝なのです。

支配に、感謝なのです。

そして感動するのです。

苦しみの中でもがく人間の中に、神性を見出すことに。

大げさですか?

 

まったく大げさではありません。

 

私はこの時代を終わらせたいと本当に思っているのだろうか。

そこなんです、要は。

今までは苦しむ人を見るに堪えないという気持ちでした。

飢える人を、悲惨な出来事を、見るに堪えない、終わらせなければいけないと。

しかし今は心が動かないのです。

悲しみにくれる人を見ても、見るに堪えなくないのです。

私は残酷になってしまったのでしょうか。感覚が消えてしまったのでしょうか。

 

そうなって初めて「選べる」ということなのです。

本当の意味で「選ぶ」時が来ているのです。

いままでは、「終わらせたい」ではなく

「終わらせなければいけない」だったのです。

使命感とも言えるかもしれません。

しかし、使命などないのです。

「どうしたいか?」

それだけなのですから

 

ああ、意味がわかりました。

そういうことだったんですね。

使命など、それも幻だったんですね。

 

「あなたはどうしたいですか?」

これは、非常に神聖な問いです。

 

つまり、使命感がなくなっても、

「どうしたいか?」は残るのですね。

 

Absolutely.(絶対にそうです、みたいなニュアンス)

 

残るんですね。

私はどうしたいんだろう?

終わらせたいはずだったのに

 

焦る必要はありません。

選ばなくても今のあなたはもう

支配のゲームに巻き込まれることはないのですから。

安心してのんびりと選んだらよろしいでしょう。

 

むむー、そうですね。

それもそうですね。

どうも宙ぶらりんなことが嫌いな性質があります。

 

それも個性ですね。

あなたは、弾丸のようなところがありますからね。笑

 

わかりました。

ゆっくり考えてみます。

今回の混沌が抜ける頃には決まってるのかな?とも思います。

 

今回の混沌も楽しみですね。

 

楽しみです。

強い光の存在、ありがとうございました。

 

また何かあれば呼んでください。では。

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